全量生酛、無添加のお酒造りにこだわり続けるー群馬県・土田酒造が考える「お酒造りの哲学」

里山や田園に囲まれ、日本百名山である「武尊山(ほたかさん)」がある川場村は人口約3100人の群馬県の小さな村です。
この自然豊かな川場村で地元酒の「誉国光」、全国流通の「土田」を醸しているのが土田酒造

土田酒造は菌や微生物、そして先代の技術を信じ、現在は全量生酛(きもと)造りで仕込んでいます。
今回は土田酒造6代目当主・土田祐士さんと杜氏・星野元希さんのお二人に土田酒造のお酒造りについて伺いました。

土田酒造の歴史

土田酒造の歴史ですが、元々新潟県に住んでいた初代が群馬県に移住し、造ったお酒が評判だったところから始まりました。
2代目の時には関東で唯一、全国酒類品評会で連続して入賞した蔵にのみ与えられる「名誉賞」を受賞した酒蔵になります。
そこからも常に高品質なお酒造りに努め続け、「誉国光」は地元民に愛されるお酒となりました。

そして6代目の土田祐士さんは先代の方々が積み上げてきた伝統的な技術と菌や微生物の力を信じた酒造りを現在行っています。

無添加でのお酒造りへの挑戦

ーーなぜ無添加にこだわるようになったのですか。

土田さん)無添加にこだわるのは、添加物を入れることに抵抗を覚え出したからです。

日本酒製造では醸造アルコールや人工乳酸、発酵促進剤などを使うことはよくあることなのです。
私たちも以前は添加物を使ったお酒造りをしていました。
しかし、添加物を使うことに抵抗を感じながらお酒造りをすることが嫌になったのです。
実際、酒蔵見学に来た方に対しても、添加物を使用する工程は見せていなかったのです。

この考えを蔵のみんなに伝えたところ、その時、面白く感じていた山廃に特化して、さらにオール純米酒に切り替えようということで意見が一致しました。
杜氏の星野くんもそれに賛同してくれて、そこからは全量山廃にシフトチェンジしました。

ーーオール山廃、オール純米酒に切り替えることに不安はなかったのですか?

土田さん)ないと言ったら嘘になりますが、後ろめたさがある状態でお酒造りはしたくないという気持ちが強かったので、シフトチェンジしました。
加えて、当時は普通酒の売り上げが落ちていたということもあり、今後、純米酒や無添加の流れも来るのではないかと思っていたので、いずれはシフトチェンジしていたかと思います。

2017年のお酒造りから全て山廃、純米酒にシフトチェンジしたので、大変なこともありましたが美味しいお酒を造る事ができました。
山廃にしたために、コストの観点から地元酒の「誉国光」も値上げせざるを得なくなりましたが、ありがたいことに、県内以外にも、県外や海外で評判となり、売上の落ち込みは数年で戻ってきました。
私たちの思いを理解してくれたお客様がいらっしゃったのが嬉しかったです。

オール山廃からオール生酛へのシフトチェンジ

ーー山廃から生酛に変更されたのもきっかけがあるのですか?

土田さん)きっかけはオール山廃にした後に、造ったもろみが乳酸菌に汚染されたことです。
かなりの量でしたが、挑戦したからこその失敗だったので私としてはプラスに捉えています。
その後、星野くんから生酛に変更したいという提案があったのでシフトチェンジすることとなりました。

星野さん)私は蔵に行く度、時間が経つ度にどんどん乳酸菌に汚染されていて、今でもトラウマです。笑
かなりの量をダメにしてしまったと落ち込んでいたら、社長が「このお酒を売ってみよう」と言ったときはかなり驚きました。結果としてそのお酒はかなりのお客様に買っていただけたので幸いでしたが。

私がチャレンジして何があっても社長がなんとかしてくれるとも思いましたし、この失敗はお酒造りの経験として私の中で大きい出来事でした。

この経験がきっかけで生酛造りの方が山廃に比べてお酒が安定するので、手間は増えますが生酛造りをやりたいと考えました。

土田さん)私はとにかく美味しいお酒を造りたいと思っていて、信頼している杜氏の星野くんが造りを変えて美味しくなるというなら是非チャレンジして欲しいと思っています。

だからこそ、星野くんが山廃から生酛に変えることにより、お酒が美味しくなるのでチャレンジしたいと言ったので、じゃあすぐ変えようということになりました。
実際に変えてから一段と美味しいお酒ができるようになったので、変えて良かったと思っています。

私はお酒造りを華道とか茶道のように、「酒造道」って呼んでいます。
お酒造りは極めようと思っても極まらないものだと思っているので、沢山チャレンジする事が大事だと思っています。
というのも日本酒は特に味に関わる要素が多いからです。

例えばですが、お米一つとっても酒米や食用米の違い、もっと言えばお米の育つ環境や肥料、水、気温によってお酒の味に影響があると思います。
日本酒造りは関わる要素が多く、それぞれが奥深いからこそ楽しいと思います。

最初は日本酒造りの要素としての“菌”の働きや増減、特徴などを徹底的に調べました。
“菌”は生き物ですし、研究に終わりはないので毎年研究しながら進めています。
直近は星野くんがお米を深く知るために米農家さんに伺い、勉強しています。

ーーオール生酛にして変わった点などはありますか?

土田さん)明確にあります。それは生酛にシフトチェンジしてお酒造りに幅ができたのです。
もちろん酒質が安定したというのも大きい変化なのですが、純米、無添加、生酛、群馬県産食用米などの制限があるからこそ、その中で何ができるかという思考になりました。

一般的にも不自由があるからこそ自由を感じられるとよく言われますが、お酒造りにも当てはまったんです。
よく土田酒造さんは色々なことに取り組んでるよね!と言われるのですが、取り組めるようになったのはこの舵きりがきっかけなのです。

杜氏・星野元希さんー美味しいお酒造りの哲学

ーー星野さんが思う美味しいお酒造りのためにされていることは

私は今年2024年でお酒造りを始めて17、8年になります。
しかし、自分としてはまだまだ自分のことをひよっこだと思っています。
下手くそでまだまだ経験が無いですし、他の酒蔵さんがやっていない領域に挑戦しているので分析は人一倍するようにしております。

日本酒度や酸度、アミノ酸度、グルコース度などの数値を毎日チェックするようにしていて、その数値から色々想像して設計図を描き、お酒造りするのが楽しいです。

けれど分析を沢山しているからといって、毎回同じ造り方で同じ酒質を造ることには面白みを感じないのです。
お酒造りは想像した味わいを出すためにはどうすればいいか?を試行錯誤することに楽しさがあると思っています。
だからこそ、醸造のメンバーには常に考えて挑戦して欲しいと伝えています。

そのためには、メンバーに挑戦できる環境づくりが必要だと思っています。
この環境づくりはある若手の子に「休まないで残業して働くのダサいですよ」と言われたのがきっかけで作れるようになったのではないかと思っています。笑
正直全くダサいと思っていなかったのでかなり響きました。笑
またこの時に私の師匠から「お前が休めば休むほど酒は旨くなるんだぞ」と言われたのを思い出し、抵抗はあったものの休むようにしました。

そこから休めるような体制をつくり、メンバーに任すようになりました。
私がいないことによって、メンバーも今まで以上に考えてお酒造りに向き合うようになったので、美味しいお酒造りができる組織になったと感じています。

メンバーも色々なアイデアを出して、それを実践し、うまくいくことで成功体験となりお酒造りをもっと好きになってくれるようになりました。

この時にまた思い出した事があったのです。
それは私が新政酒造に1週間勉強に伺わせていただいた時のことです。
新政酒造はプロフェッショナルの方が多くいらっしゃるので、素晴らしい味わいを出せていると思っていました。
しかし、行ってみるとそれだけではなく、メンバー内に垣根がなく、強固な組織体制も良い味わいを出している要因ではないのかと感じました。

実際に土田酒造も組織作りに向き合ってから今まで以上に美味しいお酒造りができていると思っています。
同じ造り方でも個人の性格や組織の雰囲気によって味が変化するものだと感じた時に、お酒造りの楽しさを改めて感じました。

現代的な機械設備と江戸時代の製法を融合して目指す先は

ーー土田酒造は今後どのようなお酒造りを目指していますか?

土田さん)常に新しい挑戦をしつづけ、“美味しいお酒”を造っていきたいです。
なぜなら、日本酒業界って少しずつ盛り上がっていると思うのですが、少子高齢化や人口減少により消費量が減っていることに危機感を感じているからです。

だからこそ、常に挑戦的なお酒造りを行い、まだまだ気づかれてないお酒の空白部分を見つけたいと思っています。
自分だけが見つけた宝探しをしているような、未開の地を開拓しているような、冒険をしている感覚を醸造では持てるのでとても楽しいのです。

この楽しさを伝えていくことで、次の世代でお酒造りをしたいと思ってもらう方を少しでも増やしたいと思っています。
やはり、人と同じものを造るだけや教科書をなぞるだけの酒造りだったら、次の世代がなかなか入り込めないと感じているからです。

日本酒ってものすごく美味しいですし、楽しいお酒です。
出来るまでの過程が面白かったり、飲み方を変えるだけで表情が変わったりと魅力が沢山あります。

既に日本酒を飲んでいる方には今まで以上に楽しんで欲しいという気持ちもありますし、まだ日本酒の魅力を伝えられていない方達に伝えていきたいと思っています。

世界の醸造家がしっとする、こんなの生み出したのか、というお酒を生み出したいです。
私は、日本の伝統的な発酵技術こそが、1番可能性があると確信をしています。

そのためにYouTubeの発信も行なっているので是非見てみてください!!

星野さん)私も社長同様に“美味しいお酒”を造りたいと思っています。
この“美味しい”は私たちが持っている考えや哲学に基づいた“美味しい”になります。
芯のあるお酒造りは造り手からしても楽しいですし、飲み手のみなさんからしても面白いお酒になると思っています。

全量生酛” “県産食用米” “低精米” “無添加”というこだわりの中で、挑戦的かつ美味しいお酒を造っていきたいと思います。

酒蔵情報

直売店もありますので是非足を運んでみてください!!

  • Sake journal運営者

    多くの人に大好きな日本酒の魅力を伝えたいと思い「Sake journal」を開設。

    Related Posts

    埼玉県深谷市・滝澤酒造|醪を試飲した時の感動を形に。レンガ造りの酒蔵でスパークリング日本酒を醸す。

    埼玉県深谷市で代表銘柄である「菊泉」を中心に国内だけではなく、海外へとお酒を醸して…

    窮地に立たされた酒蔵を再生、そして新たな挑戦へー栃木県大田原市・菊の里酒造

    栃木県大田原市は松尾芭蕉の「奥の細道」と縁の深い地として知られており、市の中央を流…

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

    酒蔵紹介

    全量生酛、無添加のお酒造りにこだわり続けるー群馬県・土田酒造が考える「お酒造りの哲学」

    全量生酛、無添加のお酒造りにこだわり続けるー群馬県・土田酒造が考える「お酒造りの哲学」

    埼玉県深谷市・滝澤酒造|醪を試飲した時の感動を形に。レンガ造りの酒蔵でスパークリング日本酒を醸す。

    埼玉県深谷市・滝澤酒造|醪を試飲した時の感動を形に。レンガ造りの酒蔵でスパークリング日本酒を醸す。

    窮地に立たされた酒蔵を再生、そして新たな挑戦へー栃木県大田原市・菊の里酒造

    窮地に立たされた酒蔵を再生、そして新たな挑戦へー栃木県大田原市・菊の里酒造

    埼玉県・佐藤酒造店の若手女性杜氏 ー 伝統を引き継ぎ、“喜怒哀楽に寄り添う優しいお酒”造り

    埼玉県・佐藤酒造店の若手女性杜氏 ー 伝統を引き継ぎ、“喜怒哀楽に寄り添う優しいお酒”造り

    手作業にこだわり、熊谷唯一の地酒を造るー埼玉県・権田酒造が考える「地酒を造るということ」

    手作業にこだわり、熊谷唯一の地酒を造るー埼玉県・権田酒造が考える「地酒を造るということ」